それはまた一つや二つではないようでした。

消えたりもつれたり、一所になったり、何とも云われないのです。
「まるで昔からのはなしの通りだねえ。わたしはもうわからなくなってしまった。」
「番号はここらもやっぱり二千三百ぐらいだよ。」ファゼーロが月が出て一そう明るくなった、つめくさの灯をしらべて云いました。


「番号なんか、あてにならないよ。」わたくしもかがみました。
そのときわたくしは一つの花のあかしから、も一つの花へ移って行く黒い小さな蜂を見ました。
「ああ、蜂が、ごらん、さっきからぶんぶんふるえているのは、月が出たので蜂が働きだしたのだよ。ごらん、もう野原いっぱい蜂がいるんだ。」
これでわかったろうとわたくしは思いましたが、ミーロもファゼーロもだまってしまってなかなか承知しませんでした。
「ねえ、蜂だろう。だからあんなに野原中どこから来るか知れなかったんだよ。」
ミーロがやっと云いました。

「そうでないよ。蜂ならぼくはずっと前から知っているんだ。けれども昨夜はもっとはっきり人の笑い声などまで聞えたんだ。」
「人の笑い声、太い声でかい。」
「いいや。」
「そうかねえ。」

わたくしはまたわからなくなって腕を組んで立ちあがってしまいました。

そのときでした。野原のずうっと西北の方で、ぼお、とたしかにトローンボーンかバスの音がきこえました。わたくしはきっとそっちを向きました。するとまた 西の方でもきこえるのです。わたくしはおもわず身ぶるいしました。野原ぜんたいに誰か魔術でもかけているか、そうでなければ昔からの云い伝え通り、ひるに は何もない野原のまんなかに不思議に楽しいポラーノの広場ができるのか、わたくしは却ってひるの間役所で標本に札をつけたり書類を所長のところへ持って 行ったりしていたことが、別の世界のことのように思われてきました。

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